思うこと

2017年12月12日 (火)

ちょこっと横浜

北海道の知り合いからの到来物、もち米、家ではほとんど使いませんので、お赤飯をよく炊くと言う着物仲間の一人に差し上げることにしました。

ついでに着物を見て目の保養をし、お正月のお菓子でもかってこようと、高島屋で待ち合わせ。

彼女も私ももちろん着物で。寒くなってくると紬の着物の暖かさがありがたく思えます。夕刻、来年もよろしくと今年最後のご挨拶をして家路に。

今日の着物は:寒そうだったので手持ちの着物の中でも暖かさでは一、二を争う、飯田紬で。気楽なお出かけなので、帯も縞の紬で。

Photo_5典型的な飯田格子と言われる格子柄の飯田紬、これほど特徴のある格子柄ならば知っている人ならばすぐに飯田紬と分かりますよね。

2017年11月29日 (水)

ありがとう!そしてまたどこかで・・

私の一番苦手なことはずっとかかわりのあった人とのお別れ・・だからお別れしなくてはならないときは、しっかりきっちりと最後までお付き合いして後悔のないようにします。

20年のお付き合いのあった横浜高島屋呉服部の社員さんが、とうとう11月29日をもって退社されることになりました。10月にとりあえずのお別れのご挨拶をしておきましたが、いよいよ本日が最後ということで、友人と二人お店にお別れに行ってきました。

「最後までお仕事たっぷりしていただきます!」と宣言し、現在の担当の社員さんに断ったうえで、悉皆に出しておいた着物と長襦袢のお支払いをさせていただきました。それから友人と二人、お店の反物の品定め、これもまた最後のお見立てをしていただき楽しい時間をすごしました。高島屋にいらっしゃることがあったら連絡してください、出てきますから、ともうしあげたら「携帯番号、消さないでおきますから」といっていただきました。

本当に楽しい20年間でした。ありがとうございました!どうぞ、いつまでもお元気で・・

今日の着物は:もちろん最後まで着物を着て伺いました。

Photo_2久米島紬展をやっていたので、私も・・、

今はこんな素朴なものは作っていないようですね、典型的な久米島紬は二三ありましたが、あとは聞かないとどこの紬かわからないようなデザインが多くなっていました。

帯:紅型模様の染帯    丸山叡子作

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2017年10月11日 (水)

20年の感謝をこめて

横浜高島屋呉服部で20年間お世話になった社員さんが今年11月いっぱいで完全リタイアされることになりました。まだまだお元気で私たち着物仲間としてはもう5年くらいは頑張っていただきたいと思っていたのですが、会社の規定ではしかたありません。

「初めは着物に着られていたけれど本当に綺麗にきられるようになりましたね」と最近はおほめいただくことが多く、また着物をきていくと必ず着姿を褒めてくださると言う女性としては本当にうれしい気持ちにさせてくださる方でした。

有給休暇がたっぷり残っていて、11月末までの出社数は20日を切ったということで、タイミングが合わなくてお会いできないといけないと思い出社を確認してまず私がご挨拶に伺いました。喜んでくださり本当に良かったです。最後の日には必ずお見送りに伺いますね。

今日のきものは:涼しくなったと思ったらまた暑さがぶり返した日でしたので、長襦袢は単衣の楊柳のまま、さらっと着られる十日町紬で。母から譲られたものなので本当に十日町なのかはわかりません。なにせ60年ものですから・・

Photoきもの:十日町紬とみられるもの 母からのお下がり

帯:椿模様の染帯 これも母からのお下がりです。

2017年7月10日 (月)

七月大歌舞伎 夜の部

2017_7_10_4大阪と名古屋の友人と半年前に約束して、チケットを取っておいた七月大歌舞伎。六月の発売日にはまだ麻央さんが存命でこんなに大騒ぎになると思っていなかったのが、海老蔵さん長男のかんかんちゃんがママの麻央さんが亡くなったのにもめげず史上最年少で宙乗りをするというニュースで即、チケットは完売になり、歌舞伎座は大盛況。いつもより若い世代がめだちました。

正直若いころの海老蔵さんは余り好きではありませんでした。ご自分でも「以前は他人のことなど考えたことがなかった・・」とおっしゃっていましたが、麻央さんと結婚されてからは人が変わったように人間として役者としての幅が広がり、演技にも幅が出てきたように感じていました。私と同病の麻央さんのブログを今年になってから時々拝見していましたので、亡くなった後は海老蔵さんのブログを拝見して彼の激しい喪失感や幼いお子様二人がけなげに母親の不在に耐えている様子をつぶさに見てきました。最愛の人をもう身近に見られないあの喪失感ほど辛いものはありません。悲しさと言う言葉では言い表せないもっともっと大きなもの・・毎朝襲い来るあの何とも言えない心の不安、喪失感を克服するのにはおそらくまだまだ長い年月が必要でしょう。

舞台はやはり素晴らしいものでした。かわいらしいかんかんをご自分の傍らに引きよせたときの優しい慈愛に満ちた父親のまなざしは決して彼が若いころには見せたことのないものでした。

型を決める荒事は良いけれど人情の機微を表現しないといけない世話ものはまだまだ、と言われていた市川海老蔵も麻央さんによって一皮も二皮も剥けた役者に成長したと思います。

天国の麻央さん、成田屋の女将としての役割をあなたは十分に成し遂げられましたよ。やはり、人生で一番大切な物は本物の愛ですね。

友人二人も「本当に感激した、上京してよかった」といって満足して帰って行きました。

今日のきものは:

Photoすっきりとした仙人草の模様と地色の青紫が大好きな絽の付下げ。友人たちに「涼し気に着ているわね」とほめていただきました。

加賀友禅と京友禅の両方を学ばれた吉田喜八郎さんの作品です。したがって金銀は使われておりません。

帯は絽綴れ 細見華岳さんの作品です。

帯締め:大小杉(平田組紐)

2016年11月10日 (木)

木村孝さんのこと

8日の朝、朝日新聞の訃報欄をなにげなくみていたら、どこかで見た名前がありました。

木村孝・・えっ、孝さんじゃありませんか。びっくりしました。ほんの半年前、4月29日に増上寺で行われた上品会の会場でお元気にきもののお見立てをしていらっしゃったお姿が目に浮かびました。そのときは大勢の取り巻きの方がいらしてお声をかけるのがためらわれましたので、そっと遠くからお姿を拝見するにとどまりましたが、こんなことならお声をかけておけばよかったと後悔の念が湧きました。

孝さんに初めてお会いしたのは確か2009年のお正月、横浜高島屋でおこなわれたトークショーでのことでした。高島屋の呉服マネージャーから電話を頂いて「せっかくいらしていただいたのに誰も質問しないと失礼なのでHさん、何か質問していただけますか」と頼まれました。着物のお勉強にもなることだしと快くお引き受けしました。まあ有体にいえば一種の桜の役目ですね。

このとき何を質問したのかは忘れましたが、お話を聴いているうちに次々と質問したいことが湧いてきて役目を忘れて心から楽しませていただきました。

会が終了後つと私に近寄り、「素敵なお着物ね、帯の色ととてもよくマッチしています」とおほめを頂き「実は両方とも母のおさがりなのですよ」とお答えしましたら、「お母様はおしゃれな方だったのね」と母にもおほめの言葉をいただきました。

東京で出版記念のトークをなさった時も孝さんにお会いしたくて会場に伺ったのですが、「横浜のかたですよね」としっかり覚えていて下さって感激した覚えがあります。

人間には寿命があります。満96歳という年齢は一般的には大往生と言える年齢でしょう。それでもまだまだ活躍していただきたかった。沢山着物や帯のことを教えていただきたかったという思いに駆られます。生涯現役という言葉が真にぴったりの素敵なお方でした。

                                                   合掌

2016年11月 3日 (木)

憂いの秋

訳あってここのところずっと気分が落ち込んでいます。原因ははっきりしているのですが、自分の力だけではどうにもならないこと。流れに任せるより仕方がないとわりきってはみたものの、人の心はそうは簡単には操縦できない、ならば当分はなるべく外に出て気分を紛らわすよりほかはないと思い今日は着物仲間の一人を誘って高島屋の呉服売り場へ行ってきました。丁度輪奈ビロードのコート地の展示会をやっていましたので、覗いてきました。近江、長浜特産の輪奈ビロード、今では今回展示されているタケツネという製造元だけが残っているとのことで組合をつくろうにも同業者がなく、長浜ちりめんの組合に入れてもらっているありさまだとか・・すぐにではありませんが、いづれ近いうちにいま持っているよりも地味目のコートを欲しいと思っていましたので、実物を見てのお勉強。現在手持ちのコートよりも確実に品物が良く、暖かい。自分に似合う色も見定めておきました。このコートを手に入れることができれば死ぬまで冬のコートのことは気にしないでいられる、それほど良いお品でした。

きょうの着物は:

Photoまだ本格的には寒さが来ない帯付きの季節にぴったりのお召。久しぶりに着てみるとやはり動きやすくほどほどに暖かく着物通にはお召のファンが多いのがうなずけます。濃い栗皮色に絣模様のカジュアルなお召です。

きもの:絣お召(矢代仁) 帯:晒柿地に紅型模様の染帯(丸山叡子作)

2016年7月16日 (土)

怠け心を叱咤して

不安定な天気、不安定な気温、もうもう身体がついていけなくて暇さえあればゴロリ、そんな生活を引き締めるため着物を着てお出かけしてきました。

地方にいる中学、高校時代の友人の御主人が趣味で畑を耕されて幾十年、有機で作ったお野菜をここ数年7月になると友人がどっさり送ってくださり、6人の口を養っている私としては本当に大助かり、そのお礼に毎回彼女の好物の泉屋のクッキーを贈っているのですが、身体がしんどくてほんの近くの横浜までが出られない、それならば、と着物仲間で「着物が着たい、着たい」と言っている元気な友人を誘っての外出です。怠けていても約束すれば律義な私は出かけられるのです。

元気づけに鰻でも頂きましょうか、と相談したのですが、お目当ての野田岩さんは長蛇の列、こちらはあっさりまたの機会にと諦めました。好きな着物や小物を見てそれなりに楽しい時間を持つことができました。さあ、また明日から家事を頑張らなくちゃね。

今日の着物は:

Photo白の暈かしの入った青紫の紋紗の小紋、昨年はちょっと格のある絽綴れの帯で歌舞伎にお出かけしたのですが、もっと軽く着たいと思い、手持ちの帯でなにかないかと思案した結果、上代羅ならば羅でも無地あたりまで締められると木村孝さんの本で読み、早速合せてみました。羅と一般的に言われているいわゆる粗紗の帯は金銀が使ってあるもの以外はかなりカジュアルなのですが、この帯ならば幅広く締められるようです。

きもの:紋紗(矢代仁) 帯:本羅 帯締め:蘭菊(平田組紐)

2016年1月 1日 (金)

今年もよろしくお願いいたします

また年の初めを迎えてしまいました。

あっという間の一年でした。かつて友人の母上が「年を取ると一週間が束になってかかってくるわよ」という名言(?)を残されましたが、本当にそれを実感する年になってしまいました。

今日は一月一日、うかうかしていると四月、暑い暑いといっているうちに九月、その曲がり角を曲がればまた年末がやってきます。今年こそ報いのないよい年にしたいとおもっているのですが、私の一番の不安は健康状態、なんとか術後十年を無事迎えて少し安心したいと思っているのですが、そううまくいくのでしょうか。ただ祈るのみです。

今年も大好きなきものを着て楽しいひと時を多くもてるよう、そして世界が平和でありますよう、願ってやみません。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2015年12月11日 (金)

初生り

2015_12_11_001_2左のみかん、今年の春に植えた早生ミカンの初生りです。土手に植えていたつづじが枯れてしまい、そこが獣道のようになり、野良猫が庭に無断侵入、それを防ぐために二、三本木を植えた方がいいですよ、といつもお手入れに入ってもらっている植木屋さんにいわれ、柊などと一緒に植えました。

まだまだ小さな木ですが、三つミカンの実がついたのです。「多分、酸っぱいと思いますが、もっと大きくなって日がよくあたるようになったら甘くなるかもしれません」と言われていたので期待はしていなかったのですが、昨日収穫して食堂のテーブルの上に買ってきたSサイズのミカンと一緒に置いておきました。すっぱかったらジュースにしようと思って・・

本物は写真よりもっとオレンジ、買ってきたミカンとサイズも同じ、間違えて息子が食べていました。「うん、それ庭のミカン?酸っぱくない?」「えっ、そうなの、気がつかなかった、ちょっと中の皮が厚いかな、と思ったけれど酸っぱくなくて甘いよ」そういってひと粒渡してくれました。

なるほど、なるほど甘いです。これなら毎年たのしみにして食べられます。純粋無農薬のみかん、来年はもっとたくさん実をつけてくれるといいな、と思っています。

2015年1月 1日 (木)

謹賀新年

また新たな年がまいりました。

年齢を重ねると一年一年、いや一日一日が大切な日々となってきます。それを私も実感するようになりました。

珍しく31日は紅白をじっくり観ました。若い人の曲ばかりでと敬遠していたのですが、今年はプログラムの組み方もうまくなり、そしてなにより演出が素晴らしい、サプライズ出演では以前はぜったいに出なかったような大物たちが年の功でしょうか、かたくなな態度を捨て気持ちよく日本の未来、人類の未来への応援歌を歌ってくれました。久しぶりに楽しい紅白になりました。

年明け早々に救急車のサイレンが聞こえます。実は私の体調も暮れからいまいち、健康にこの一年を過ごせますようにと祈ってやみません。

みなさまもどうぞお体に気をつけて元気に一年をお過ごしください。

楽しいことばかりに見える私のきものブログ、実は楽しいことだけを選んで書いています。楽しいことばかりの人生になるといいな、という希望を込めて・・

今年もよろしくお願いいたします。

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