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2012年9月

2012年9月29日 (土)

ほっとひと息

いくら8年間離れていたとはいえ、認知症を患っていて昔の母とは違っていたとはいえ、亡くなってしまえば思い出すのは元気なころおしゃれにきものを着こなして楽しそうに娘や孫と話していた母、だからそう簡単には平常心には戻れないのが当然なのですが、年の功なのか、忙しさと責任感のせいなのか分かりませんが、まだ一度も声を上げて泣いたことがありません。ときどきふと一人になった時母の顔を思い出して涙がこみ上げてくる、そんな状態で毎日をすごしていました、今日は弔問客の予定がキャンセルになり午後から時間が空いたので、気分転換にと、前からお誘いを受けていた横浜高島屋で催される京都矢代仁主催の”五大路子トークショー”に夕方から出かけてきました。デパート内の美術画廊で日本画家の岡信孝さんも同時に招いてのダブルトークショー、出席の条件は着物姿でということでしたが、生憎矢代仁さんで作った単衣の着物は超カジュアルな上代縞御召しか持ち合わせていない、パーティではないからいいかな、と思い、帯はやはり同時出品の「帯の岩田」さんに敬意を表して掬いの名古屋帯で行くことにしました。主催者側もそれでOKというご返事だったのですが、なんとなんといってみるとほとんどの方が単衣の訪問着やつけ下げ、お二人ほどが紬でしたが、これもかなり上等なお品。縞の上代御召という普段着は私一人というありさまでした。それでも堂々と振舞っていたのですから、私も甲羅に苔が生えたものです。もちろん、五大さんはピンクの訪問着に唐織りの帯の盛装。60歳を過ぎても私が娘におろしたようなあでやかなピンクを纏うことができるのはやはり女優さんだからでしょうね。

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そうそう、うつくしいキモノという雑誌の取材があってプロカメラマンに写真を撮っていただきました。まるで女優さんのように念入りに髪を整え、お顔も直しての撮影です。なんでも雑誌に載るということですが、私のような普段着姿ははカットということにならないでしょうね、うーん、怪しい・・それでも「姿勢がよくていいですね」とほめていただきましたが・・

2012年9月23日 (日)

母のいない世界

母が亡くなってもう18日が経ちました。もうこの世のどこを探しても母はいないのです。

その前、8月26日に義母が亡くなり、10日で二人を鬼籍に送ったことになります。暑さまっさかりの8月26日に16年2カ月の長きの間ホームで介護生活を送り、枯れるように旅立った義母、余りに長い介護生活だったため、悲しさ、寂しさというより、やりきったという気持ちの方が大きく、報いはありませんでした。

そして、7月26日から病院に入院していた実母の見舞いに通った日々、義母のことと重なっていたため、疲れ果てていたころ、やっと退院のお許しが出て6月29日に入所したばかりのホームへ8月28日に帰ったのですが、たった一週間で逝ってしまいました。今から思えば、母の生きる力は7月に発病したときに終わっていたようです。一か月生きながらえたのは現代医療を駆使して身体にいっときの力を与えていただけだったと思います。元気なころに「スパゲッティ状態はごめん」と尊厳死協会に入会していた母のこと、逝く前に病院ではなく終の棲家ときめた場所で、私たち姉妹や孫、ひ孫と最後のお別れが十分できたことを喜んでくれていたと思います。

「おばあちゃんはおしゃれだから、入院していて顔もきれいに拭いていないことが気になっているだろうね」と娘が持参した化粧水をコットンにつけて母の顔を優しくマッサージしてあげました。するともうすぐ逝く人とは思えないぷりぷりのお肌によみがえり、皆をびっくりさせました。「あっ、ひいばあちゃん、涙ながしてるよ」孫娘の声に母の顔をみると目からスーッと涙がこぼれ出ていました。そして「産んでくれてありがとうね、いいお母さんだったよ」、妹も「おしゃれで素敵な人だったね、産んでくれてありがとう」と最後に絶対に伝えてあげたいと思っていたことも伝えてあげることができました。

母は生前、“彼岸旅立ちの衣裳”として白絹で縫った衣裳を私に託していましたのでそれを着せていただきましたが、これは死に行く人への遺された者のロマンと言ってよいのでしょうか、あちらに行ったときに下着ではおしゃれな母がさみしがると思い、晩年、気に入っていたコーディネイトの風通御召のきものに姉妹で喜寿のお祝いにプレゼントした紫式部模様の塩瀬の帯、帯締め帯揚げ、そして足袋をお棺に入れてあげました。そしてたくさんのたくさんの花に埋もれるようにして旅立って行きました。

またきっといつか会いましょうね、お母さん・・あちらでもおしゃれで素敵な人でいてください。  合掌

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